こんなにのんびりしていていいのか、とこちらが焦るような旅だった。
そう思う割に、決してゆっくりしているわけではないのだが、彼らには緊張感がない。緊迫したシーンを何度もくぐり抜けて、それでも旅の中から楽しいことを見つけ出す。

例えば、今。
日が落ちる前に、と食事も後片付けもすっかり済んでしまって、火を囲んでカップを片手に笑い声を弾ませている。
和気あいあいという言葉が似合う、ひととき。野営と言うよりキャンプ。
嫌々同行している自分の方が、焦りを感じているのはどういうことだと苦笑して、一人輪を離れた。幸い、まだ周囲が明るいせいか、彼を咎めるものはいない。

胸の奥を逆なでする、きらきらした笑い声が届かないところまで離れると、柔らかい草の上にどさりと横たわった。一人で出歩いている僅かな時間を除いたら、こんな風に大地と触れることもなかった。こんな風に、広い空を見上げることも。

草を踏む音が近づいて、反射的に身体は身構えたが、構わず倒れたままでいた。
「何やってんだ」
覗き込んだ赤い物体に、一瞬どきりとした。まるでそれが降ってくるんじゃないかと、怯えた自分に苦笑する。
その笑みをどう捉えたか、ロイドは空を赤く染める夕焼けを見上げて、はしゃいだ声を上げた。
「すげー夕日だなぁ。これなら明日もいい天気だな」
「ハニーは夕焼け好き?」
ハニーはやめろよなとぶつぶついいながら、ロイドは傍らに座る。
「おう、好きだぜ! なんかあったかいじゃん」
そういった言葉通り、暖かい色に染められた顔に見下ろされるのが苦しくなって、ゼロスは勢いよく身を起こした。

「・・・俺さま、赤はあんまり好きじゃないのよ」
そう口にしてしまったのは、自然の中に長く居過ぎて疲れたせいだ、と自分に言い訳しながら、ロイドの顔を見た。
「何でだ?」
無邪気に訊ねる、その澄んだ瞳が怖い。
「だってほら、血の色みたいだし。夕焼けは、だんだん黒く塗りつぶされていくし」
空の色の境目を指差して、彼はできるだけ明るく言った。

太陽が沈んだ空は青く染まり始めていた。

「・・・テセアラも、こんな風景は同じだな」
さすがのロイドも返答に困ったか、ゼロスの示した天を見つめて呟いた。
「なんだ、ロイドくんホームシックか」
自分から言い出してしまったくせに、ゼロスは沈んだ空気に耐えられず、ロイドの首に腕を回して揺すった。普段なら嫌がるロイドなのに、今は拒まず揺すられている。
「そうだ、ゼロス。ゼロスは虹好きか?」
苦し紛れの思いつきなのだろうが、さっきの問いとかけているのなら、ハニーも案外馬鹿じゃないなと、ゼロスは感心しながら頷いた。
「あぁ、好きだぜ」
「じゃあさ。きっと夕焼けも好きになる」
「なんで?」
首を傾げると、今度はロイドが空を指差す番だった。
「ほら、あそこに虹があるだろ」
「へ、どこ」
「あの、赤と青の間だって。ちゃんと虹の色になってる」
見れば、確かに色彩のグラデーションの中に、不鮮明ながらいくつかの色がある。
「あー、ホントだ」
「だろ。あんまキレーじゃないけどな」
それがまるで自分で作った細工か何かのように、ロイドは自慢げに、そして悔しそうに言った。
「朝にも見えると思うから、明日夜明けにまた一緒に見ようぜ」
「お、おう・・・」
いきなりの夜明けのデートのお誘いに、戸惑いながらもゼロスは頷く。

「俺も虹好きだけど、でも赤も好きだぜ」
ロイドはゼロスを見つめて微笑んだ。
「だって、ゼロスの色じゃん」
「何言っちゃってんのよ、ハニー」
「夕焼けとはちょっと違うけど、綺麗な色で羨ましいぜ」
見返りを求めない、純粋な視線を送られることに慣れていないゼロスは、羞恥に目を伏せた。
「でも、どっちかというと、ゼロスは朝焼けっぽいな」
「は?」
「なんていうかさ、これから夜になりますっていう寂しい感じじゃなくて、夜が明けてぱーっと明るくなる一歩手前って感じなんだよ」

ゼロスは何か言おうとしたまま、何も言えない。反応に困って、呆然としていたのを、不満なのだと受け取ったのか
「あ、嫌いなものに例えたりしてごめんな」
ロイドが頭を掻きつつ、謝った。
「えっと、ハニー・・・」
「それにやっぱり、ゼロスって夜の方が好きだろ?」
浮き上がっていた気持ちが、不思議と凍りついた。
こいつに意図はない。いや、無意識だからこそ、こんな風に胸が冷えるのか。
「俺さまには夜の方がお似合い、ってか」
「ゼロス?」
「でひゃひゃひゃ。そりゃあ、愛を語らうのは夜だよな。・・・俺さまは別に昼でも構わねーけど」
口説きモードに声を落として囁くと、もう日は沈んだのに顔を赤くする。








悪いな、ロイド。

たとえ一緒に仲良く朝焼けを眺めたとしても

・・・俺の心はもう、真っ黒なんだ。

夜だろうと昼だろうと、俺には黒い虹しかない。


この暗闇を塗りつぶせるのは、この身に宿る闇より昏い紅だけ。

彼の好きだと言った、赤。


いつか流れ落ちるその色は、己のものか、彼らのものか。




旅を始めて、そう間がないイメージです。天然タラシがだいぶやっちゃってますが。
メンバーが全員そろっていて、まだレアバードがない頃、くらいでしょうか。
ゼロスはロイドに翻弄されつつ、
そんな馬鹿なことを言っているロイドを、まだ見下しています。
その馬鹿な発言に翻弄されているくせにね。

タイトルは、最愛のシンガー 柴田淳の曲から。
某所のオフ会のレポを拝見して、
カラオケリストに柴田淳が2曲も入っていたことに驚きつつ
ロイゼロソングとしてこの曲を見い出した方は神だと思いました。
元々好きな曲だったので、嬉しくもあり苦しくもあり。

2008.6.6 水月綾祢