Wheel of Fortune



 『バーナビー』のイメージから離れるための変装にも慣れてきた。
 虎徹は目の前に座るバーナビーを見てそう思った。
 眼鏡と髪型を変えてしまえば、似ている?と思われたとしても声をかけられる率は激減して、その二つの特徴にどれだけ頼っているかよくわかる。逆にバーナビーとしての露出をその特徴に固定することで、プライベートを守ることにしたらしい。

 眼鏡を外した彼は、意外にも地味な顔をしている。ブロンドにグリーンアイズ、それも珍しくはない。バランスの取れた美形だが、バーナビーであるからこそ非常に目立つのだ。念のため付け加えれば、世間にはありふれたハンサムであっても、虎徹には『バニー』であることにかわりない。
 だから彼は、バーナビーのイメージから外れつつ、自分の魅力を引き出すお洒落に目覚めたらしい。

 今日はぴっちりしたTシャツと、対照的にゆとりのあるロングカーディガンとタイパンツというエスニックな装いで、胸元に下がる石は瞳の色に合わせたらしい。髪はいつもより上でまとめられていて、後れ毛の落ちる項が眩しい。足元は初めて見るサンダルで、これまた日頃陽光に晒されない素足が眩しかった。とにかく、要するに今日も可愛い。
 いい歳したオヤジとの組み合わせは、よく見てもパトロンと売れない芸術家だったが、今日の雰囲気ならよほど目立たない限り、素性がばれることはないだろう。ゲイカップルに見えようが、別段困りはしない。そう開き直るほど、バーナビーとともにある事に馴染んでしまった。これでお付き合いしていないのだから、不思議というか残念というか。
 プライベートをともに過ごすようになって、もう半年近い。これまで何度も二人で出かけてきた。それでもバーナビーの中ではそれはデートではなく、ただ公私共に仲の良い相棒との時間らしかった。
 ひとこと、そういう関係にしようと言えばいいだけなのは分かっている。どっちみち肉体関係に発展しなければ、することは同じだ。恋人がいる様子はないし、いくら空気が読めないと非難されることの多い自分でも、これは勘違いでも自惚れでもなく、彼の信頼が相棒に向けるそれだけではないと気付いていた。行為は別にしても、好意が拒まれることはないはずだ。
 たとえバーナビーが無自覚だとしても、こうして出かけるたびに違う装いで新しい魅力に気付かせてくれる、それがなによりの証拠だった。
 それでも、虎徹は待ちたかった。今日のこの日を。


 ゴンドラに空調は備わっているが、陽射しのせいで中はすっかり暖められて、日が落ちつつある今もまだ暑い。
「どうだ、久しぶりの観覧車は」
「あなたとまた、乗る日が来るなんて思っていなかった」
緩やかに小さくなっていく街を見下ろして、バーナビーが呟く。
「いい天気ですね」
いつぞやの硬い表情とはまるで違う、柔らかい笑み。まっすぐに向けられた視線は、虎徹だけのものだ。
「夕日が当たって綺麗だ。以前ならこの赤は憎しみの色にしか見えなかったのに、今ではこんなにも暖かく思えるなんて」
彼の瞳に映る、全てが変化している。復讐というフィルターが外れたからだ。

「あなたがいてくれたから、僕は」


 無言のまま、最高点を通り過ぎたのが分かった。
 観覧車に乗りたい、と連絡してきたのはバーナビーだ。虎徹はこの時を待っていた。だから、急かさず彼の言葉を待つ。

「あの、あの」
言いよどんで、首筋に汗が浮かぶのが見えた。追い詰められると彼は弱い。
「おい、お前無理しなくていいから。頼むから突き破って跳んでいったりしないでくれよ」
そんなことをしたら、街中の注目の的だ。
「落ち着け、バーナビー」
言った途端にみるみる顔が赤くなる。逆効果だっただろうか、と虎徹が焦ると、彼はこほんと咳払いをして
「虎徹さん」
あなたが好きです。
その言葉は溜めていた息を吐き出すように言われたので、虎徹はあやうく聞き逃すところだった。
「僕と、お付き合いしてください」
真剣な瞳は、待ち望んでいたものであり、恐れていたものでもあり。
「付き合うってどういうことか分かってるのか」
「僕をいくつだと思っているんです?」
「だからわかっているのかって」
重ねて問うと、瞳が揺らいだ。
「わ、わかってますよ。多分」
揺らいだのは気持ちではなく、未知の世界に踏み出そうとする決意だ。恋をするのが初めてかどうかは知らないが、告白も、当然ながら相棒と付き合うのも、彼の世界にはないものだっただろう。
「いろいろ大変だったり痛かったりするんだぞ」
「そんなこと今いきなり言うことですか!! っていうかやっぱり僕がその」
バーナビーは言葉を途切れさせて、顔を覆った。
「いえ、いいんです知識しかない僕に選択権はないし」
「俺だって男と付き合うなんて経験ないよ。ないし、できるかぎりお前に合わせてやりたいし、でもそこは譲れないわごめん」
必死に一息で言った虎徹に、バーナビーはくすくすと笑った。

 そのとき、アナウンスが入った。バーナビーの言葉が出るのが遅すぎて、時間切れだ。
「だっ。もう一周するか!?」
「どうしてです?」
「お前はそういう奴だよな、わかってたけど」
虎徹は帽子を押さえて立ち上がる。
「あー畜生、キスしてえ」
みるみるうちに乗り場が近づいてくる。
終了五秒前のグッドラック。

掠めるようなそれをひとつ。


 ガコンと無情な音がしてドアが開いた。
 なんというか、この空気では伝わってしまうに違いない。
(いまさらだな、うん)
どっからどうみてもカップルだろこれ。虎徹は開き直って、バーナビーに手を貸し、その手は拒まれることなく、堂々とゴンドラを降りた。

「次は、どうします?」
バーナビーはまだ赤い顔で、平然と訊いてきたが、虎徹の頭にはまださっきの感触が残っている。口付けを、受ける唇がやたらぎこちなかった。もしかして、キス、も?
 それを確かめたい。今すぐにでも帰りたい気持ちだが、なんだかそれもがっついているようで悔しい。
 それなら、次に乗るものなんか決まっている。

「行くぞ」
虎徹はバーナビーの腕を引いて駆け出した。

「観覧車と観覧者」の続き。世界が変わって見えると言わせるはずが公式にPVで先に言われてしまった(苦笑)
バニーの復讐はそんなに簡単なものではないって思っているけど、20年そればっかり考えていたから、反動で周囲が心配になっちゃうくらい世界が変わっていそうです。 ところで私はあまり遊園地には行かないので詳しくないのだが、二人きりになりたいときに乗るものって何なんでしょ? 某ネズミの国のお化けの住んでるところくらいしか思いつかない

2011.7.2 pixiv初出 2011.11.19 UP(水月綾祢)