観覧車と観覧者



朝からの待機は、犯人確保の一報であっけなく終了した。
「なんか、拍子抜けですね」
帽子の陰からバーナビーがため息混じりに呟いた。その顔が曇っているのは、主義に反して帽子を被っているせいだけではない。
「何事もなかったんだから、いいだろ」
こちらは至って普段通りのワイルドタイガー、いや、ただの鏑木虎徹である。若干言葉が不明瞭なのは、口に氷が入っていたせいだ。飲み終わったドリンクのカップをシャカシャカ音を立てて振るたびに、バーナビーが眉を顰めるのには一向に気付かない。
「活躍する機会がなくて残念です」
早々に足を出口へ向けたバーナビーに
「俺はお前がそういう風にしか考えられないのが残念だよ、バニー」
相棒は彼の帽子のツバをぐっと引いた。視界を遮られて、おそらく一カ月前ならすぐ発せられていただろう、何するんですか、という罵声はない。むしろ、今はその下でバツの悪そうな顔をしているはずだ。

 犯行予告を受けて遊園地に呼び出されたヒーローは、けれど混乱を避けて来場者に紛れる形での出動となった。出番がないことを願いながらトランスポーターを控え、素顔のままで目を光らせていた彼らに、その愉快犯の逮捕の連絡が来たのがついさっき。

 真昼間の遊園地に、男二人の立ち話は目立つことこの上ない。緊張感のある間は気にならなかったが、今はそれが妙に気になり出した。男の二人連れという時点で注目を集めそうなのだ。帽子で多少顔を隠したとしても、視線を向けられたら『ハンサム』を隠せるとは思えない。
 けれどここで帰ってしまったら、大切な話をしそびれる気がして、虎徹はバーナビーを引き止める。
「あー、せっかく来たんだから、なんか乗ってくか?」
「は? どうして」
影からの視線は冷たいが、ずり落ちた帽子をそのままにしているせいで少し上向きのそれは、まるで見上げるように見えるのでまるで怖くない。虎徹はまったく取り合わず、空になった紙コップをゴミ箱に投げ捨てた。
「たまにはいいだろ、ヒーローにも休日は必要だ」
「乗っている間に呼び出しがかかったら、どうするんです?」
「大丈夫だって」
へらりと笑った顔に、バーナビーは再びため息しか出ない。
「どうしてあなたとなんか」
「いいじゃないの、コンビなんだから」
次に出たのは、しぶしぶの承諾のため息だった。

「で、どれに乗る?」
「あまり乗ったことがないのでわかりません」
「あー、ほら、デートとか、ないの? ん?」
ぐっと顔を出した虎徹に、バーナビーは眉をつり上げてきっぱり答える。
「ありません」
「そりゃ意外だな。悪い」
「謝られる方が不愉快です」
「……んじゃ、無難なあれにしますか」
虎徹が指差したのは、密室性も高く話すには最適の乗り物、観覧車だった。


「こんな風に乗りたくなかった」
遠くなる地上を見ながら、バーナビーはぽつりと零す。向かい合って座るその短い距離で、表情はよく見えるが感情はなぜか遠い。
「なんていうか、その……苦手なんです」
その遠い目を案じて、虎徹はジョークを交えて問いかける。
「なにが? まさか高いところが苦手だとかそういう……」
「まさか」
ようやく存在を思い出した帽子を外し、隣りに置きながらバーナビーが眉を吊り上げた。
「そんなコンプレックス持ってヒーローなんてできませんよ」
「じゃあなんだよ」
潰れた髪を整えて、バーナビーは傍らの窓に肩を預ける。
「こういう空間が……何をしていいか分からなくて」
「そりゃー、その……景色を見て思うこととか」
「この景色を見て思うこと……」
眼鏡の奥で緑色の瞳が光った。沈黙のうちにも二人は高度を上げていく。
「……この街の中に、犯人がいるのかな、とか」
「考えてそれかよ。おまえさん、本当に余裕ないのな」
「余裕ないと思われるのは心外なので、ジョークということにしてください」
言ったバーナビーの口調が思いの外硬いので、虎徹はもうそれを追及するのをやめた。
「綺麗だなーとかだろ、ふつう」
揶揄するように言えば
「キラキラ輝いて綺麗ですね。先輩、あれは何ですか?」
意外にもバーナビーはそれに乗った。下りていく不思議な高揚感がそうさせたのだろうか。おそらく彼はこういう言葉遊びには慣れていない。できないのではなく、する相手がいなかったのだ。
 虎徹は席を立って、バーナビーの帽子を取り上げてそこに座り、彼の視線の先を覗きこんだ。
「あー、どれだい? あれはビルだな。んで、あれもビルでついでに、あっちもビルだよ、バニーちゃん」
期待した応えだったのだろう、バーナビーはほんの少し唇を緩める。なんだか、ずっと前の出来事のようだ。懐かしくも思えるその記憶を共有していることを、互いに嬉しく感じている。それは勘違いではない、はずだ。けれど、
「……バニーちゃんは余計です」
ムッとして、後はずっと外を見たきり、黙り込んでしまった。だから、虎徹もただ、黙って隣で彼を見ていた。
 彼が何を考えているか、それは分からないが、犯人を思ったその時の鋭さはすでになく、微かに赤くなった頬は少なくとも、この珍しい体験を否定的には捉えていないと感じたからだった。

 地上が近付くと、虎徹は元の席に戻るべく立ちあがった。さすがに男二人隣り同士で、というのは下心がなくても照れ臭い。
「こういう、揺れなんかも楽しむところなんですかね?」
全く楽しんでいなさそうな声が尋ねたので、虎徹は手にしていた帽子を彼に強引に被せながら答えた。
「そうだぞ。こわーい、やめてーって言いながら、でも隣りに来て欲しいもんなのさ。乗り降りする時はつい恥ずかしくて、向かいに座っちまうからな」
「ふぅん、デートって難しいんですね」
そう言ったバーナビーの顔は、帽子に隠れて見えなかった。

コテバニ初創作。虎徹とバニーが遊園地に行ったよ、仕事で。って遊園地なんかあるのかな…と思っていたら、劇場版で出てくるみたいです。 一応腐向けにしてありますが、まだできていません。 7話と8話の間くらいのつもり?ツンが残ってるころが書きたいと思ったけど、結局デレデレだった、失敗作。

2011.6.13 pixiv初出 2011.11.19 UP(水月綾祢)