ぬくもり


   ロイドが微笑みかける。

   一年前と同じ笑顔で。



 あたたかい寝台の中。
毛布は干されて暖かく、太陽の匂いがする。ロイドの匂いによく似た、素朴なやさしい。けれど、それはロイドの匂いではない。
 この部屋の住人は、今日やっと長く留守にしていた家へと戻ったばかりだ。
 この布団のあたたかさは、帰りを待っていた家族のぬくもりそのもので、その中へ一緒に包まっていることが、ゼロスには今でも少しむずがゆい。


 「遠慮するな」と言われても、「家族だろう」という言葉までには五年の歳月がかかった。
 いくら気のいい親父でも、ロイドは大切な一人息子だ。感情はそう単純なものではなかったはずだ。
 ゼロスがただの人間ではないことも気づいていて、過去にロイドを少なからず傷つけたことを知っている。それでも、ふたりの旅路が紆余曲折の末のささやかな幸せであることも理解している。彼が今本心から、ゼロスを受け入れてくれていることは事実だった。受け入れられているということにまだ慣れないだけで。




 この十年間で、周囲の環境は目まぐるしく変わっていった。その変化も次第に小さくなり、ようやく落ちついたと言えるところだろう。人々は世界の以前の姿を忘れつつある。同時に、神子という存在も過去のものになっていった。
 “神子”そのものを置き去りにして。

 世界再生の旅を終えて、ゼロスは迷わず自分もコレットと同じ道を選んだ。天使化を用いて永遠を生きること。ただ二人の神子ならば、共に長い時を生きていくのがゼロス自身の願いだった。

 そして、それを見守っていたロイドは、ちょうど一年前に、ようやくその時を止めた。
 人としての生では自分の使命を全うできないと常々口にしながら、天使化をしなかった理由を、何故かとロイドに問うたことはない。ロイドも語らない。けれどもゼロスはその理由を知っていた。
 ロイドは、ゼロスの唯一の身内であるセレスを案じていたのだ。神子としてコレットと同じ存在であることを選んだゼロスに代わって、セレスと同じ時の流れに身を置いていたのだった。
 そのセレスもようやく遅い結婚をし、共に歩む人を得た。
 ロイドは自分の役目をその男へと譲り渡し、天使になった。



 一年という月日を短いと思うほどにはまだ、人生は長くない。あと百年も過ぎていったら、一年を一月くらいに思うのだろうか。

 それでも、何年が過ぎようと、一日一日が大切なものなのには変わりがなくて。


 一年に一度は、例え通り道としてでもそれぞれの故郷へ帰ると決めている。こうして先触れを出せば、窓を開け寝台を整えて待ってくれている家族がいるのは、あとどれくらいだろうか。

 ホカホカの毛布の中で抱き合って、暑いくらい。
 うっすらと頬が上気しているのは、あくまでその暑さのせいだ。触れ合う肌も心なしか汗ばんでいるが、それも如何わしい理由はなにもない。

「ただこうしているだけで幸せだなんて、俺さま枯れちまったのかな」
肩口に髪を擦りつけるように額を預けて呟けば
「俺は満足なんてしてない」
不満そうな答えが返る。ゼロスは苦笑交じりに
「ここではしないって決めたろ」
と、決して不満がってはいないロイドの瞳を見上げた。
「どのみち、いずれはこれだけで十分だと思うようになるさ。あーあ、嫌だね。ゼロスさまともあろう者が」
ふざけた口調に反論するかと思ったロイドが、意外にも同意する。
「俺も嫌だ。いつまでもゼロスを可愛がりたい」
そう言ったロイドが必要以上に真剣な顔をしていたので、ゼロスは
「ばーか」
と寝返りを打って背を向けた。

それでも、この寝台から出ていく決意はない。




ぎりぎり間に合いました^^;
10日中ならOKとカウントダウンチャットで言って頂いて
なんとか、短いですが諦めずに上げることができました。
って、実際は間に合ってない。
本当は10年間で変わったこと色々書くはずでした。
リフィル先生の結婚と出産とか(笑)
なんだか蛇足になりそうなので、そのお話はまたいずれ。

一年間で、色々な方にお世話になりました。
こうしてまたロイゼロデーが祝えるのも、
お力添えを下さった皆様のおかげです。
これから一年またよろしくお願いいたします!
ことよロイゼロ!(便利な言葉ですvv)

2009.6.10  水月綾祢