いつの間にか雨は止み、空には月が出ていた。
目を開けると、少し開けられた窓でカーテンが揺らめいている。
特有の籠った空気は、きっとあそこから出ていったのだろう。
「…いねえし」
一人部屋なのだから、独りであるのは当然なのだ。そう分かっていても、ゼロスは声に出して呟きいつの間にか肩にかかっていた薄布を手繰りよせた。
外からは微かに浜辺に打ち寄せる波の音。
窓から見下ろせば夜の街が広がる。
密やかにさざめく人の塊に誘われたのか、ゼロスは静かに部屋を出た。
まるで水に惹かれる蛍のように。
アルタミラといえども、夜の浜辺への立ち入りは禁止だ。
構わず彼は浜辺へ降りた。
秘密の街で、誰も男一人のことなど気にはしない。気付いたところで、神子を諫めるものなどいない。
神子はこの街を良く知っていた。
雨上がりの海岸は、雨の匂いと潮の香りで特に生臭い。浜辺には無造作に何かが足元に転がっている。
少し沈んで歩きやすいような、歩きにくいような足場を、ゆっくりと進む。
何処に行くわけでもなく、行かないわけでもなく、漆黒の闇を傍らに真紅の神子が歩を進める。
空には上弦よりも少し欠けた月。
曇り空に星は見えず、海の境も空の境も分からない。
生きて蠢くものは、紅い生き物。
月が傾く。
闇の向こうに鈍く輝く月が波の谷間で跳ねて、禍々しく夜の太陽を照し出す。
神子は月の眩しさに嘲って、
「ゼロス!」
声が暗闇を打ち割った。震えを押し殺して、街の光を背負って駆けてくる少年に手をあげて答えた。
ゼロスの足は、まるで怯えたように竦んで動かない。
そうしているうちに、真昼の太陽はすぐに近付いて、手にしていた布でゼロスを抱き寄せた。
「何やってんだよこんな夜中に。風邪ひくぞ!」
布に包まれて、波の打ち寄せる音が聞こえない。
「なにって…こんな夜中にすることなんて決まってるでしょ〜が、ハニー?」
「…海岸で何すんだよ。立ち入り禁止だぞ」
「モテる男に時間と場所なんて関係ねーのよ」
真直ぐな眼の光を、淫らな笑みで逸す。
まだ不満そうな少年に、ゼロスは自分を優しく包む布を押し返そうとして、ふと気付いた。
「…これってシーツ?」
冷静に指摘されて、ロイドが顔を赤らめる。
「だっ、だってお前を窓の下に見つけて、見失いそうだったから、慌てて走って来たんだよっ」
近くにあったのこれしかなかったから…。
小さい声で続けるロイドの首筋に、ゼロスは甘く噛み付いた。
「…ホテルから俺が見えたのか?」
かかる息がくすぐったいのか、ロイドがゼロスの背中を強く引き寄せて身を捩る。
「ああ。トイレに立つとこだったんだけど、あれゼロスかなーって、何となく」
ホテルからの距離を考えれば、到底人影を追うことはできないだろうに。不審そうなゼロスの青ざめた唇に、少年はそっと触れた。
「…お前、寒そうだったから」
そう囁いて、子どもをあやすようにゼロスの背中をゆっくりと擦る。
ゼロスは、深く溜息をつくとその肩に顎を載せた。
「…ロイド君は犬の匂いがするよな〜」
「何でだよ!」
憤慨する太陽に、ゼロスはくぐもった笑いで唇を寄せた。
たどたどしく、やがて激しく求められた体から薫る、日向の匂い。
鏡の向こう側の太陽は、体中を痺れさせ、滴となって零れ落ちる幸福感と絶望感。
錆色をした神子はゆっくりと目を閉じ、瞼の裏側を見るばかりだった。
浜辺と言えば蟹です。
シーツは明日ホテルの人に嫌味を言われます(リーガルが)。
610おめでとうございます。
(逢坂暁)
またしても謎のコメントで逃げられてしまいました。
えっと、色々倫理的にどうかと思いますが
これで610記念というから、相当ヒドイ連中ですこのサイト。
(水月綾祢)
2008.6.12