彼の両手にあるもの


平穏という言葉はまだ、遙か遠い。
それでも、世界は平和というものの姿を思い出しつつあった。
その平和を真のものにするべく、旅の仲間はそれぞれの役割に奔走していた。

共に旅をと約したふたりも例外ではなく、これまで短い旅には何度か出ることができたが、基本的にお互いの仕事に精一杯の日々が続いていた。
それでも、いつかはと思える未来ができたことが、彼らにとっての最大の喜びだった。合間をぬって僅かな時間を共に過ごすことを、幸せだと感じる。それがゼロスにもたらされた大きな変化だった。






「なあなあ、ゼロスは誕生日っていつなんだ?」
突然屋敷まで訪ねてきたと思ったら、座ったとたんに前触れもなく。
「え? あぁ。俺さまの生まれた、忌まわしい日・・・な」
「! おい、ゼロスそんなこと言うなよな」
「ははは、悪ぃ悪ぃ」
引きつる皮膚の上に何とか笑顔を貼り付けた。

最近では、こうして席を暖める間もない逢瀬が増えている。会えることは幸せでも、余計にもどかしさが募る苛立ちは、俺の利己心のせいだけではない、はずだ。

「じゃあさ」
ロイドは素晴らしいことを思いついたとばかりに瞳を輝かせて、俺の手を取りながら言った。
「今度の誕生日は、ふたりきりで過ごそう。アルタミラあたりで、ゆっくり」
テーブルの上で握り合ったその手の横に、セバスチャンが茶を置いた。
今さら、執事の存在を気にするようなハニーではない。
…違う。気にするような余裕がないんだ。
「本当は皆で祝いたいけど、きっとその方が楽しいと思うけど、でも、そうしたらゼロスがきっと無理するだろ」
「ロイドくん…」
「来年にはきっと、お前が辛い思いをしなくても、皆で笑って祝えるようになってると思うから」
「いや、俺さま別に無理とかしてないし!」
「いいんだ。だから、今年は俺のわがままで、お前を独り占めさせてくれよ」
ロイドは冷めてきた茶を一息に飲み干して、立ち上がった。

そうして、俺とロイドは、その日の約束をして、別れた。





その約束が果たせなくなったと、連絡が来たのはそれからすぐのことだった。
神子として遠方へ行くコレットに同行することになったらしい。


シルヴァラントの代表として活躍するロイドとコレット。
若さとその素直さに、テセアラ側は付け入ろうとしたようだが、二人は互いの欠点を補い合う隙のないコンビだった。
俺は俺で、神子制度廃止のための工作に忙しい。廃止するともなると、矛盾しているようだが、神子としての仕事がやたら舞い込んでくる。
それでもまだ、両者が同席するような会合ならば、見守ることができた。さらに不純な動機ながら、その後短い間でも過ごすことができるから、嬉しかった。


けれど、ひとりで立つ彼は。
誇らしいのと同時に、少しばかり寂しい。
そして何より、不安だった。
彼に限ってそんなことはないと思うのだが、
少しずつ指導者としての片鱗を見せられてしまうたび、
それを利用されてしまうのではないかとか、
彼には見て欲しくない世界を見せてしまうのではないかとか。


案じたところで、そんな心配があるような人間ならば、
あの旅を乗り越えられるはずはないのだが。
今になってもこんなふうに考えてしまうのは、
自分自身が、相変わらず弱い人間だからなのだろうな、と思って、また少し弱くなる。





出先のサイバックで会えたのは、奇跡だった。
宿屋の部屋で、二人で向き合って、ロイドは改めて俺に詫びた。
「ごめんな、ゼロス。誕生日、一緒に過ごせなくなっちまって」
「しょうがねぇよな、お仕事だしー」
その時の俺の顔は、本当にひどかったんだと思う。
何を誤解したのか、ロイドは「ちょっと待っててくれ」と部屋を飛び出していった。
俺はただ、ロイドと過ごせなくなったことが、純粋に残念だっただけなんだ。


戻ってきたロイドは自分で戸を開けようとせず、ガンガンと足で蹴って知らせた。
不審に思った俺がそっと戸を開けると、ロイドはまっぷたつに切ったメロンを、両手にひとつずつ持って立っていた。
「ごめんな〜、ゼロス。な、怒らないで。これやるから許してくれよ」
俺はメロンも、ロイドのその心遣いも、それからロイドのモノで俺さまを釣ろうとする愚かさも、全てが嬉しかった。

本当なら、ロイドにそんな気遣いをさせない恋人でいたいと思う。
それでも、その喜びには勝てないから。
俺は精一杯意地悪な顔で
「しゃーねぇなぁ。許してやっか」
とメロンに喰らいついた。

なんでしょうか。これ。
私はただ単に、約束を守れなくなったお詫びに
ロイドがおごってくれる話を書きたかっただけなんですが・・・。
でも、口ではなんといっても、本当はゼロスはロイド君を困らせたくないし
彼の生き方も尊敬しているんですよと。
サイバックなのは、メロンがそこでしか売ってないから・・・。


テイルズってお誕生日がないので、
こんな日にしか祝えないとお誕生日ネタを考えたはずが
結局誕生日にはたどりつけませんでした(笑)
今年はこんなもんで、ご容赦を。

2008.6.10  水月綾祢